大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

盛岡地方裁判所 昭和42年(ワ)150号 判決

原告

佐藤英明

被告

佐藤穂弘

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

被告等は各自原告に対し三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告等

主文同旨の判決を求める。

第二、請求の原因

一、原告は昭和四一年五月一九日午後一一時頃自動二輪車に乗つて二戸郡浄法寺町大字藤沢字岡本前田地内の県道を浄法寺方面から福岡町方面に向つて進行中、前方よりかなりの速度で進行してくる被告佐藤運転(被告田口の所有)の普通乗用自動車(ダツトサン、岩五す二二三三号)を発見したので、待避所のある所の道路左端から約一米の所で徐行して被告佐藤の自動車の通過を待つていた。しかるに被告佐藤は前照灯を減光せず、かつ道路の中央線より右側(原告からみると左側)を進行してきたため、被告車の右前照灯付近で原告をはねとばし、約三〇米すぎて停止した。

二、右事故により原告は頭部挫傷兼頭部挫創、右膝蓋骨開放性骨折、右鎖骨骨折などの傷害を負い、意識不明となつて、すぐに町立浄法寺診療所に入院し、約一〇日たつてようやく意識は回復したが、右半身不髄症を伴なつた。その後昭和四一年六月一六日まで右診療所に入院し、翌一七日岩手医大付属病院分院に転院し、更に同四一年一一月八日から同四二年二月二七日まで花巻市湯本国立陸中療養所に入院し、同日退院した。その間右腕以外の傷害は回復したが、右腕は全く運動不能で、右上腕神経嚢麻痺と診断され、退院時に今後回復の可能性はないと言い渡された。

三、原告は事故当時一六才で、昼は働きながら県立福岡高校定時制二年に通学中の者であつたが、事故のため休学中である。

右事故による原告の損害は次のとおりである。

1  逸失利益

原告は右利きであるが、右腕は全く使用不能で通常の労働に従事することができない。これは労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表の第四級に該当するもので、これに対応する労働能力喪失率表によると労働能力の一〇〇分の九二を喪失したことになる。

原告は学校卒業後警察官になることを希望していたものであるが、身体強健で向学心もあり、どんな職種についたとしても、普通以上の収入を得られることは明らかである。

労働省が昭和四一年四月実施した賃金構造基本統計調査(昭和四一年版労働白書三六三頁参照)によると、岩手県における男子労務者の年令別平均賃金は、

一八才未満 一万一五〇〇円

二〇―二四才 一万九八〇〇円

三五―三九才 三万一五〇〇円

四〇―四九才 三万二七〇〇円

となつている。仮りに原告が二〇才から稼働したとして、右の率によると、

二〇―二四才の間は年二三万七六〇〇円、合計一一八万八〇〇〇円

二五―三四才の間は右統計上不明であるが、少くとも右金額以上であること明らかであるから、右と同額として年二三万七六〇〇円、合計二三七万六〇〇〇円

三五―三九才の間は年三七万八〇〇〇円、合計一八九万九〇〇〇円

四〇―五九才の間は右同額として合計七五六万円以上合計一三〇二万三〇〇〇円

このうち一〇〇分の九二を喪失したとして、逸失利益は一一九八万一〇〇〇円である。これをホフマン単式で計算すると、現在の一時に請求しうべき金額は四二六万円となる。

2  慰藉料三〇〇万円

本件事故のため原告は不具者となり、警察官になる希望もすてなければならなくなつた。また、右腕の自由を失なつたため全く日常生活にも支障をきたす状態である。原告は一生この苦痛に耐え、他人の世話になつて生きていかなければならない。この精神的苦痛に対する慰藉料は三〇〇万円を相当と思料する。

四、被告田口は本件加害車の所有者であつて、本件事故当時友人である被告佐藤に使用貸していたものである。使用貸中であつても、自動車の運行管理並びに支配の可能性を失つていないから、被告田口は「自己のために自動車を運行の用に供する者」として損害賠償の責任がある。

仮りに被告田口が、その主張のように、本件自動車を売り渡していたとしても、登録替もせず、自動車損害賠償責任保険も同人名義になつていたもので、結局形式上所有名義を持つていたものである。このような場合、所有名義人は実際の占有者を通じて依然として当該自動車の運行管理、支配の機能を有していたものであり、かく解さなければ自動車登録制度の趣旨に反し、かつ他人に自動車を貸して事故が生じた場合の所有者責任を容易に免脱せしめることとなつて不当である。

五、本件事故は第一項記載の被告佐藤の過失によるものであるから、同被告は損害賠償の義務がある。

(追加主張)

被告佐藤は、本件事故は原告の過失によるもので同被告には過失がないと主張している。ところで、自動車は走る兇器である。衝突すれば、自動車運転者は怪我をしないが、相手は怪我をする。だから自動車運転者にはきつい業務上の注意義務が課せられており、単に被害者の通行方法が悪かつたということで運転者に責任がないということはできない。

被告佐藤は、検察官の取調に対して、「前方約五〇米に見えた原告運転の自動二輪車が右側から段々中央寄りに進行してきた。」旨供述している(乙第六号証第四項)。この場合、被告佐藤は、漫然そのまま運転すれば衝突の危険があつたのであるから、道路左端に寄つて徐行して相手をやりすごすか、又は警笛をならして相手に警告を与え、衝突を未然に防止すべき業務上の注意義務がある(衝突地点において、同被告の自動車と道路左端との間は二・七四米あり、十分原告との衝突を避ける余地があつた)。

六、よつて原告は被告等に対し、各自、本件損害の一部である三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による損害金を支払うべきことを求める。

第三、被告佐藤の答弁

一、認否

請求原因第一項中、原告主張の日時場所で被告佐藤運転の自動車(種類、ナンバーは原告主張のとおり)の右前照灯付近に原告運転の自動二輪車が衝突したことは認める。その他は否認する。

同第二項中、原告が事故直後町立浄法寺診療所に入院したことは認める。その他は不知。

同第三項中、原告が事故当時県立福岡高校定時制二年に通学中であつたことは認める。その他は争う。

同第五項はすべて争う。

二、主張

1  被告佐藤は、本件県道の左側部分を事故現場に向い進行していたところ、右現場の手前で小軽米藤男の運転する自動二輪車とすれちがい、その際自車の前照灯を減光した。小軽米は被告佐藤の自動車の右側を通過した。小軽米より後方約五〇米の所に引続き対進してくる原告運転の自動二輪車を認めたので、被告佐藤は、前照灯を減光したまま、時速約四〇粁で道路左側部分を進行した。

原告は道路の中央線付近を時速約六〇粁で対進してきたが、運転未熟(原告は無免許である)のため、被告佐藤の自動車の右側が約三米の幅員があつたのに、右自動車を避けて右側を通過することができず、右自動車の右前照灯付近に自車を衝突させ、同車の後席に同乗していた佐藤正男と共に転倒したものである。

したがつて、本件事故は原告の運転未熟並びに道路交通法違反の運転にもとづいて発生したものであり、被告佐藤には過失がない。

2  原告は昭和四二年六月頃自動車損害賠償責任保険金一〇五万円を受領した。

3  原告の過失により惹起された本件事故により、被告佐藤は自分の自動車に損傷を受け、その修理代一万九二六五円を支払つた。これは原告に賠償義務があるから、本訴(昭和四三年三月一二日の口頭弁論期日)において右損害賠償額と原告の本訴請求の債権と対当額で相殺の意思表示をする。

4  本件事故については、原告に相当の過失があるから、賠償額の算定につき過失相殺を主張する。

第四、被告田口の答弁

一、認否

請求原因第一項のうち被告佐藤運転の自動車のナンバー、同第二項のうち原告がその主張の事故により受傷したことは認める。その他の請求原因事実はすべて争う。

二、主張

1  被告田口は昭和四一年三月二五日本件事故のとき被告佐藤が運転していた自動車を代金七万五〇〇〇円で被告佐藤に売り渡した。したがつて、本件事故のとき被告田口は右自動車についていわゆる運行供用者ではない。

2  本件事故は、被告佐藤が時速四〇粁位で道路左側部分を進行していたところ、原告が無免許で自動二輪車を運転してきて衝突したもので、原告に相当の過失があるから、仮りに被告田口に責任があるとすれば過失相殺を主張する。

第五、原告の答弁

被告両名主張のうち、原告が本件事故当時無免許であつたこと、被告佐藤主張のうち、原告が自動車損害賠償責任保険金一〇五万円を受領したことは認める。

第六、証拠関係 〔略〕

理由

一、本件事故の状況

〔証拠略〕を総合すると、次のように認められる。

1  事故現場の道路は二戸郡浄法寺町大字漆沢字岡本前田地内の、平坦で、非舗装であるが割合良好な県道であり、北東方福岡町方面から南西方浄法寺方面へ通じ、約二粁にわたり直線コースをなしており見とおし良好である。現場付近の幅員は四・七米であり、事故現場の左側(右、左は被告佐藤運転の自動車の進行方向に向つていう。以下同じ。)には長さ約二〇米の待避所(自動車のすれちがいのため特に道路を広くした部分)が設けられており、したがつて、この部分の道路の幅員は六・二米となつている。事故現場は国鉄バス岡本橋停留所から南西方約三五〇米の地点である。

2  昭和四一年五月一九日午後一一時頃、被告佐藤は右道路(左側部分)を北東方から南西方に向つて普通乗用自動車(以下、被告車という)を運転して時速約四〇粁で進行中、反対方向から来る自動二輪車二台をその前照灯によつて認めた。右二台の自動二輪車は約五〇米の距離を置き、前車は訴外小軽米藤男が運転し、後車は原告が運転していた(原告が運転免許を有しないことは当事者間に争いがない)。この原告運転の自動二輪車(以下、原告車という)は、被告佐藤がこれを発見した頃は、道路左側(したがつて原告からいえば右側)を通行しており、その速度は時速約六〇粁であつた。

3  事故現場より少し前(北東方)で、被告佐藤は右小軽米の自動二輪車とすれちがつたが、すれちがいの前被告佐藤は被告車の前照灯を減光したが、小軽米もまた自車の前照灯を減光し、小軽米は被告車の右側を無事通りすぎた。原告は小軽米より約五〇米後方を進行してきたが、はじめ左側を進行していたものが被告車に近づくに従つて道路中央あたりを進行してきた。かくて、被告車が小軽米の車とすれちがつた頃、原告は道路中央あたりを通行していた。このため原告車の一部は道路中央線を越えていた。

4  被告佐藤は、前記のように小軽米の車とすれちがいの時減光したが、原告車が後続していたので、減光のまま進行し、かつ、原告車は道路中央あたりを進行してくるが、すぐ道路右側へ移行するものと考え、従来の速度(時速約四〇粁)及び進路(被告車の右端はほぼ道路中央線に位置していた)のまま進行した。他方、原告は時速約六〇粁のまま進行し、かつ、対向の被告車がすぐ前に接近しているにかかわらず、道路右側(原告からいえば左側)へ移行することをせず、また、前照灯を減光せず、ブレーキもかけず、道路中央付近を直進した(原告車の一部は道路中央線を越えていた)。このため、原告車は、左側に待避所がある所で、被告車の右前照灯付近に衝突した。

以上のように認められる。

なお、事故現場における被告車と道路左右側端との距離について、甲第六号証実況見分調書には、右側が二・八五米、左側が二・七四米と記載されているが、この記載は正確でないと思われる。前認定のように(これは乙第六号証、被告佐藤本人の供述による)、被告車の右端はほぼ道路中央線に位置していたのであり、道路の幅員は四・七米であるから、被告車の右端から道路右端までは約二・三五米と認めるのが相当である。被告車の幅は甲第六号証により一・四六米であると認められ、待避所を含めた道路の幅員は六・二〇米であるから、被告車の左端と道路左端(待避所の左端)との距離は約二・四〇米と認めるのが相当である。

二、被告佐藤の過失の有無

以上の認定にもとづき、被告佐藤に過失があるか否かの点を判断する。

原告は、被告車とのすれちがいのため、事故現場の道路左端から約一米の所で徐行したとか、被告佐藤は前照灯を減光せず、かつ道路の右側を進行してきて原告に衝突したとか、主張しているが、この主張の失当なること前認定に照らして明らかである。原告が道路左端から約一米の所を徐行した事実はないし、被告佐藤は道路の中央線を越えてはいないし、また、同人は前照灯を減光した。

本件事故における被告佐藤の道路交通法違反の有無をみるに、同人は時速約四〇粁で進行し(同法施行令一一条により制限時速六〇粁である。)、道路左側部分を通行し(同法一七条三項)、対向車とすれちがう前減光した(同法五二条二項、同法施行令二〇条)から、被告佐藤には右の諸点において道路交通法違反の事実は存しない。なお、事故現場の左側には待避所があつて、そこだけ一・五米ほど道幅が広くなつているけれども、本件のような直線道路においては、道路の中央線は待避所の存在にかかわらず道路中央の直線と考えるべきである(待避所があるためそこだけ中央線がちよつと曲ると考えるのは合理的でない)から、幅員四・七米の中央すなわち道路右端(待避所のない所の左端といつても同じ)から二・三五米の直線が中央線であるとすべきである。したがつて、被告佐藤には通行区分の違反はないというべきである。次に、原告の同法違反の有無をみるに、同人は運転免許を有しないで自動二輪車を時速約六〇粁で運転し(甲第六、七号証により原告車の排気量は八〇ccであることが認められるから、同法施行令一一条、同法施行規則五条の三により制限時速は五〇粁である。)、道路中央あたりを通行し(このため原告車の一部は中央線を越えた。)、被告車の接近にかかわらず前照灯の減光をしなかつたから、原告には、無免許運転、スピード違反、通行区分違反、灯火操作違反の各違反がある。

ところで、原告は、被告佐藤が原告車が道路中央付近を進行してくるのを認めたときは、同被告としては道路左端に寄つて徐行すべき義務があるとか、警笛をならして原告に警告を与える義務があるとか、主張するので、この点について検討することにする。

前認定のように、被告車は道路左側部分を中央線一ぱいに寄つて進行していたのであるが、原告車ははじめ道路左側を進行していたが、被告佐藤と小軽米の車とがすれちがつた頃は、原告車は道路中央あたりを進行していたものである(被告佐藤が右の事実を認識したことは乙第六号証及び被告佐藤本人の供述により認められる。)。理由冒頭掲記の証拠によれば、事故当時本件道路上(事故地点より南西方約五〇米の間)には、他の車両、歩行者、その他原告が右側へ移行するのに妨げとなるような人又は物は存在しなかつたことが認められる。このことは、原告も被告佐藤も自車及び相手方の前照灯によつてこれを認めたはずである。被告車の右側の道路部分は約二・三五米の幅員を有し、原告車の幅は甲第六号証によれば〇・六〇米である。だから、原告車は被告車の右側を、小軽米藤男がそうしたように、たやすくかつ安全に通過しえたはずである(被告佐藤としても、原告車の前照灯によつてそれが自動二輪車であることがわかれば、その幅は六〇ないし七〇センチメートル位であることは自動車運転者の常識として容易にわかることである。)。そして、こちらから被告車が進行していくことは、その前照灯によつて原告に明らかに認められたことである。原告車と被告車とが共にそのまま進行すれば両車が衝突する危険があつたのであり、このことは原告も被告佐藤も明らかに認識したはずである。

右のような状況と認識のもとにおいては、原告車が右側へ移行すべきであり、被告佐藤としては、原告車が右側へ移行するものと信ずるのが当然である。車両は道路の左側部分を通行しなければならないという原則は、自動車交通の法規範として極めて重要なものである。左側部分は当方の自動車に通行の権利があり、対向の自動車は原則としてこれに進入してはならない義務がある。道路交通の秩序は交通関与者が互いに交通法規を遵守することによつて維持される。もし交通法規の違反があつて事故が生じた場合には、その事故の責任は交通法規の違反者が負担すべきである。対向する自動車と自動車とが、一方の通行区分違反によつて衝突した場合は、違反の運転者が責任を負うべきである。本件において、違反者は原告である。被告佐藤にしてみれば、自分は中央線を越えておらず、原告が中央線を越えているのであり、人は誰しも自ら求めて衝突する者はないはずであるから、原告の方が交通法規に従い被告車との衝突をさけて右側部分へ移行することを期待し、かつそうするものと信ずるのが当然である(原告が右側へ移行するにつき何らの妨げがなかつたこと前記のとおりである)。原告にしてみれば、自分は通行区分に違反しているのであり、被告佐藤は、たとえ中央線一ぱいに寄つているにしても、道路左側部分を通行しているのであるから、被告佐藤に対しもつと道路左端に寄れと要求する権利はない。ただ原告自ら右側へ移行すべき義務があるだけである。その右側は二米余の幅員を有し、幅六〇センチメートルの原告車は容易にかつ安全に通過することができるのである。もつとも、被告車の左側には待避所以外において約八〇センチメートルの余地があつたのであるから、被告車はもつと左へ寄ることは可能であつたし、被告佐藤としては原告車の違反運転によつて自己が蒙るかも知れない被害をさけるため、ブレーキをかけ、道路左端へ寄ることが、自分の身を守るため利口な策であつたかもしれない(自動車運転者はかかる逃避行為を余儀なくされることがしばしばあるであろう)。被告佐藤は右の措置をとらなかつたのであるが、しかし、これをもつて注意義務違反ということはできない。すなわち、右措置をとらなかつたことが、相手方(原告)に対し損害賠償責任を生ぜしめるものということは妥当でない。もし反対に解せんか、自分の違反によつて事故を発生させた者がこれによつて生じた損害の相手方に対し請求することを容認することとなつて甚だ不合理である。事故の責任は違反者が負うべきであるから、事故によつて生じた損害は違反者の負担に帰させるべきである。

原告は、被告佐藤は道路左端へ寄つて徐行すべきであると主張する。道路左端へ寄るべき義務を是認しえないこと前述のとおりであり、徐行の義務も勿論是認できない。徐行とは直ちに停止できるような速度で進行することをいい、右の速度は時速一〇粁程度(ゆるく考えても時速二〇粁では徐行というに困難であろう)と思われるが、本件のような場合において被告車に徐行の義務があるということは、道路交通の秩序を害すること甚だしいものであり、到底これを是認できない。また、原告は、被告佐藤は原告に対し警笛をならして警告を与えるべきであると主張する。しかし、原告としては、相手の警笛によるのでなく自らの注意によつて右側へ移行すべきなのであつて、被告佐藤が警笛をならさなかつたこと(冒頭掲記の証拠により警笛をならさなかつたことが認められる)をもつて、注意義務違反ということはできない。そもそも、自分の違反に対して相手が警笛をならして注意してくれなかつたことは相手の違反であるというような主張は、自分の違反を顧みない甚だ無責任な主張であつて全然失当である。

以上のように、被告佐藤には本件事故について過失はない。本件事故は専ら原告の交通法規違反(直接的原因は通行区分違反)によつて生じたものである。したがつて、被告佐藤には損害賠償の責任はない。

三、被告田口の責任の有無

〔証拠略〕によれば、被告田口は昭和四一年三月二五日自己所有の被告車を被告佐藤に代金七万五〇〇〇円で売り渡し、即日引渡を了し、以後被告車に対し何ら運行管理、支配の関係を有しなくなつたことが認められる。もつとも、〔証拠略〕によれば、右売渡の後(本件事故当時)も被告車の登録も強制保険も被告田口名義のままになつていたことが認められるけれども、このことから直ちに被告田口が被告車のいわゆる運行供用者であると認定することはできない。また、〔証拠略〕によると、本件事故当時被告田口が被告車を被告佐藤に貸与していた旨記載した書面を、被告田口が保険会社あて提出したことが認められるけれども、被告田口本人の供述によれば、右書面は、強制保険が被告田口名義になつていたため、保険金請求手続の便宜上、作成したものにすぎないことが認められるから、右甲第五号証は右認定の妨げとならない。かようなわけで、被告田口は被告車の運行供用者ではないと認められる。したがつて、被告田口は本件事故に関し責任がないものである。

四、以上の理由により、原告の被告両名に対する本訴請求を棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石川良雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例